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東京高等裁判所 平成2年(ネ)4565号 判決 1992年7月23日

控訴人

株式会社藤産商

右代表者代表取締役

岩田市男

右訴訟代理人弁護士

大森明

被控訴人

(山種米穀株式会社訴訟承継人)

株式会社山種産業

右代表者代表取締役

内藤厚

右訴訟代理人弁護士

田中隆

内藤潤

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一控訴人は、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。三 被控訴人は、控訴人に対し、昭和六三年五月二六日から右建物明渡済みに至るまで一日当たり金七万円の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

二当事者双方の主張は、以下のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表一一行目から裏二行目まで(「請求原因3」の欄)を以下のように改める。

「3 すずやす及び康司は、期限に右債務を弁済することができなかったので、控訴人と譲渡担保物件の所有者たる康司らは、昭和六三年四月三〇日、譲渡担保の目的物たる本件建物等の評価額と被担保債権額との差額相当の清算金を金六五〇〇万円と定め、控訴人は、その支払をして、確定的に本件建物等の所有権を取得した。

仮に右清算金支払の事実が認められないとしても、控訴人と康司らは、右時点において右のように清算金の額を六五〇〇万円と定めるとともに、譲渡担保物件の所有権を控訴人に確定的に移転することを約した。」

2  同二枚目裏九行目(「請求の原因に対する認否2」の欄)を以下のように改める。

「2 同2、3の事実は否認する。控訴人の主張する譲渡担保契約に基づく所有権の取得は仮装にすぎない。」

3  同三枚目表一行目の「すずやす(旧商号鈴安)から」を「すずやす(旧商号鈴安)を名義上の賃貸人として」と改める。

4  同三枚目表七行目から八行目まで(「抗弁2」の欄)を以下のとおり改める。

「2 本件賃貸借の賃貸人の名義をすずやすとしたのは、経営上苦境にあったすずやすに賃料収入を得させる必要があったことや、すずやすが被控訴人に対し負っていたとう精委託契約に基づく保証金の返還債務の一部を賃貸借契約に基づく保証金に切り換える等の操作をする必要があったためで、形式的、便宜的なものであった。実質的には、本件賃貸借は、本件建物及びその敷地部分の所有者である康司らとの間に成立したものである。」

5  同三枚目裏一行目を以下のとおりに改める。

「本件賃貸借は、すずやすと被控訴人との間で締結された。本件建物は、昭和五九年一一月当時康司の所有であり、すずやすは、右建物を康司から無償で借りていたものである。

したがって、康司とすずやすとの使用貸借関係は控訴人に対抗できないから、右使用貸借関係の存続を前提とする被控訴人の賃借権も控訴人に対抗できないものである。」

6  同四枚目表末行に行を改めて以下のとおり付加する。

「3 被控訴人は、すずやすに対する金銭債権の担保のため、本件建物を含む康司ら所有の不動産について根抵当権を設定したが、本件賃貸借は、右根抵当権の実験を保全する目的で設定されたものである。ところが、被控訴人は既に右根抵当権に基づき競売申立てをしており、また、控訴人は、被控訴人に対し、右根抵当権の被担保債権全額を代位弁済する旨意思表示をしている。したがって、右賃貸借契約は目的を失い、当然に終了した。」

7  同四枚目裏六行目の冒頭に以下のとおり付加する。

「1 本件賃貸借は、実質的にみると、賃借物件の所有者である康司らとの間で成立し、賃料の支払先を特にすずやすとする特約が付されていたものということができる。右特約は、控訴人に対しても対抗できるものであるところ、被控訴人は本件賃料をすずやすに対して支払っているから、債務不履行はない。

2 」

三  証拠関係<省略>

理由

一1  控訴人は、康司らと、貸金債権担保の目的で康司所有の本件建物等につき譲渡担保契約を締結し、その後所有権を確定的に取得したと主張して、本件建物を占有する被控訴人に対し明渡しを求めるので、まず、このような譲渡担保契約に基づく所有権の取得の場合、譲渡担保権者は、どのような要件が具備されれば、譲渡担保の目的物件を占有する者に対して明渡しを請求できるかについて判断する。なお、弁論の全趣旨に照らすと、本件譲渡担保契約は、目的物件の占有・使用の権能を譲渡担保設定者の下に留めておく通常の形態のものであると認められるので、それを前提とする。

譲渡担保権は、債権担保のために目的物件の所有権を移転するものであるが、右所有権の移転の効力は、債権担保の目的を達するのに必要な範囲内においてのみ認められるのであって、担保権者は、債務者が被担保債務の履行を遅滞したときは、目的物件を処分する権能を取得し、この権能に基づいて目的物件を適正に評価した価額で確定的に自己の所有に帰せしめ又は第三者に売却する等によって換価処分することができるようになるが、しかしなお、譲渡担保権者は、目的物件を換価処分するか又はこれを適正に評価することによって具体化する右物件の価額から債権額を差し引いた残額を清算金として譲渡担保設定者に支払うことを要し、譲渡担保設定者は、特段の事情のある場合を除き、清算金の支払があるまでは、目的物件の引渡ないし明渡しを拒み得るのである(最高裁判所昭和四二年(オ)第一二七九号同四六年三月二五日第一小法廷判決、同昭和五六年(オ)第一二〇九号同五七年九月二八日第三小法廷判決等参照)。譲渡担保契約に基づく右のような所有権移転の効力にかんがみると、債務者が被担保債務の履行を遅滞した場合においても、譲渡担保権者は、清算金の支払を完了するまでは、目的物件を占有する譲渡担保設定者以外の第三者に対しても、目的物件の明渡しを求めることはできないものというべきである。けだし、もともと、譲渡担保権は、抵当権と同じく当該不動産の担保価値を把握するものであって、譲渡担保権者は、抵当権者と同様に、第三者の占有が当該不動産の担保価値を減少させるものでない限り、その不動産の占有関係に干渉し得ないものであるのみならず、前記のように、譲渡担保設定者は、清算金が支払われるまでは、原則として、譲渡担保権者からの明渡しの請求を拒み得るものであるところ、清算金の支払未了の間に譲渡担保権者の第三者に対する明渡請求を認めることは、結局において、清算金支払まだは目的物件を占有・使用し得る譲渡担保設定者の利益を損なうことになるからである。なお、原判決理由二記載の認定事実によれば、本件の被控訴人の占有は、本件建物の担保価値を減少させるものではないということができる。

2  ところで、本件では、控訴人の主張によるも、昭和六三年四月三〇日、控訴人と康司との間で所有権を確定的に移転するに当たり、清算金を六五〇〇万円とする旨の合意がされたというのであるから、次に右清算金が支払われているかどうかについて検討すると、原審における証人外山顕の供述中にはそれに沿うがごとき部分があるが、六五〇〇万円もの大金を支払ったというのにそれを裏付ける書面の提出もなく、また、当審において初めてこの支払の事実が明確に主張されるに至ったという弁論の経緯に照らし、右供述部分は信用することができず、他に右清算金が支払われた事実を認めるに足る証拠はない。

3  そうすると、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がないことになる。

二よって、原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 大坪丘 裁判官 福島節男)

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